2016年11月21日 (月)

クリスマス進行。

サンクスギビングの週になりました。月曜日の今日から早速休んでいる社員もいます。これまで休まず働いたから有給が残っているってことなんですけどね。

当地ヒューストンも、なにかとサンクスギビング、Black Friday, そしてさらに先なのにもうクリスマス色が濃くなってきました。Houston KODA Sunny 99.1 FM のDelilah Showもこのところ毎晩クリスマス曲ばっかり。

イギリスではガイフォークスが終わったらもうクリスマス商戦という感じでした。韓国も少し遅めですがこの時期にはクリスマス感が出てました。韓国の場合は年を越してもいつまでもクリスマスイルミネーションが残っていたりしましたけども。

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2009年2月 3日 (火)

イギリスの大雪。

本日、イギリス全土が時ならぬ降雪に見舞われ、交通や公共サービスがマヒしている。私も、イギリスの会社から「あなたの荷物が遅れます、とにかくひどい天候なんです」みたいなメールを2つ受け取った。

ニュー スを見ると、たとえばネットのBBCイングランド版ではニューフォレストが雪で覆われている写真を掲載していた。特に被害のひどい地域の中に、ベイジンストークや ハバント、チチェスターなどがあった。即ち私が自転車で走り回っていたハンプシャーも全面的に雪で覆われているらしい。

私がハンプシャー に居た2005−2006年シーズンは、何度か雪が降った。いずれも薄く雪に覆われた程度だったが、英国人エンジニアたちは大騒ぎで、あっという間に帰宅 していた。「我々は南部の人間だ、雪には慣れていないんだ」と言っていた。そんな人たちだから、今回の降雪にさぞかし大変な思いをしていることだろう。お見舞 い申し上げます。

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2007年9月19日 (水)

ロンドン・ハマースミス、パブ「The Dove」

今月、9月のJALの機内誌は、ロンドン特集。リリーフランキーさんが歩くロンドン、という内容だ。私もロンドンは大好きで、数えてみたら今まで日帰りで8回(ポーツマス在住の頃。もちろん、ヒースローだけ行った、なんてのは除く)と、去年のロンドン2週間滞在とで9回訪問している。なので、韓国線の機内で掲載写真を穴をあくほど眺めて、これはどこ、この写真はあそこかな、などと楽しんでみた。

Imgp492801 パブの室内の写真がいくつかあった。パブなんて、ロンドンにはきっと、星の数ほどもあるのだから、内装写真だけをみてパブの名前をズバリ当てる自信はない。いくら私でもそこまで自信過剰ではない。だが特集ページの最後に、見覚えのあるパブの、外観の写真があった。ハマースミスのダヴだ。紹介文とともに掲載されているから、間違いはない。

その短い紹介文曰く。「イギリスで一番短いバーカウンター」なんだそうだ。たしかに、バーカウンターは小さかった記憶がある。ただ、それよりも天井が低かったことが印象に残っている。「眺めが良い」という紹介は、まさにその通りで、テムズ川に面したテラス席からはテムズ川が広く大きく見え、左手にはハマースミスブリッジが良く見えていた。そして川面を渡る風がとても気持ち良かった。場所はハマースミスからさらにテムズ川上流とのこと。私は、ハマースミスとバロンズコートの間あたりだと思っていたが、違っていたようだ。

2006年10月10日の夕刻~9時頃まで、多国籍軍と賑やかに、ダヴで飲んでいた、あのときからほぼ一年が経過したわけだ・・・ などと、写真の中に、変わりない様子で写っているダヴをみて、懐かしく思ったのだった。

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2007年1月30日 (火)

ブリジットジョーンズの日記の中の風景

Imgp6091 韓国ナンバーワンチャンネル「OCN」(映画ばっかり放送しているチャンネル。チャンドンゴンさんがCMしている)で、ブリジットジョーンズの日記が放映されていた。開始から20分頃、シルバーのボディーに赤いシートのベンツのオープンカーで田舎に向かうシーンがある。グレースケリーを気取っていたらスカーフが飛んでいって、ホテルについたら髪爆発、というシーンだ。

映画の中の景色、ベンツが走っていく平原の景色は、まさに、私が自転車で走り回っていたハンプシャーの景色そのものだった。

ロンドンからはどっちに向かっても郊外にいけば概ね同じような景色なので、映画の中のシーンがハンプシャーとは思えないが、ともかくも1年前はこんな景色のなかをウヒョーといいながら自転車で走っていたわけだ。

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2007年1月19日 (金)

ヨーロッパの強風のこと

18日、北西ヨーロッパが広範囲に亘って強風に見舞われた。ユーロスターも止まっているし、ドーバー海峡では船が立ち往生。ヨーロッパ各地での犠牲者は40人以上にのぼるらしい。ヨーロッパの友人各位にお見舞いのメールを出したところ、早速何人かから返事が来た。

イギリス・ポーツマス在住フィルから。「ポーツマス辺りは意外と風は強くないが、とにかく注意するようには言われている。道路を見ると、背の高いトラックは全く走ってないよ。実は今日、何人か乗りのバンを運転したんだが、言って見れば『面白かった』よ。もちろん、スピードはすごく落として慎重に運転しなきゃならなかった。
ローラは自転車で通勤するのを諦めた。そりゃそうだな。ビルは(何台か持っている車のウチで)フツーのセダンで通勤してきたから、問題はないらしい。とにかく、こちらは皆大丈夫だよ」

イギリス・ロンドンのバロンズコート在のドリスから。「実際のところ、大した事はなかったわ。私自身も、テレビをみて死者まで出たと知ってびっくりしたくらいよ」

ドイツ・ハーナウ在のステファンから。「確かに風は強い!僕もテレビを観た。報道ではまるでこの世の終りみたいに見えるけど、実際はそれほどでもないよ。昨夜は僕も家内も子供達も良く眠れた。明日から、2週間のスキーバカンスで雪山にでかけて来るよ!」

・・・大禍ない様子で安心はしたが、今朝の報道では空路陸路海路いずれも交通機関に大きな影響が出ているらしい。ステファン、バカンスに無事、でかけられたか?

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2006年10月23日 (月)

ケンジントンのパブ"The Prince of Wales"(2)

13日の金曜日の翌週の金曜日も、多国籍軍でこのパブに集まった。

モリーにメールして集合場所を知らせておいて、それからニコラと2人でサインズベリに行き、ホストファミリーへの花束なぞをニコラに言われるままに購入した。さすがは美人の奥さんを持つニコラだけあって、やることがマメだ。そして花束の効果はテキメンだった。

1020_213954 ホストファミリーに花束を渡した後、再びニコラと9番バスに乗ってケンジントンに向かった。バスを降り、セントメアリー教会の向かいのThe Prince of Walesへと向かった。偶然、モリーが来たところで、店の前で鉢合わせした。モリーと私とニコラと3人でパブに入り、多国籍軍と合流した。

タイフーン、ナザン、エドリアン、ベッティーナ、モーリン、そしてダヴィデがいた。それとニコラ、モリーと私。しばらくしてステファンが来た。ワイワイと色んな話しをして騒いだ。ロンドン最後の夜の、楽しい思い出だ。

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ケンジントンのパブ"The Prince of Wales"(1)

ハイストリートケンジントン駅から徒歩2分ぐらいのところに、The Prince of Walesというパブがある。ここで騒いで怒られた。

Imgp495710月13日の金曜日、今思えば13日の金曜日だったが、多国籍軍でこのパブに乗り込んだ。金曜の夕べとあって、店内は騒がしかった。我々はカウンターに近いところにある、背の高い椅子を囲んで足の長いスツール座り、大変に快適に過ごした。

次は俺が払う、いや俺が、と言っているうちに、意外と沢山飲んだ。私は歳甲斐もなく1パイントを一気に飲んだりした。で、各国や各地域の国歌を順番に歌った。これがウルサかった。

周囲のお客さんは、曲が終わるたびに拍手してくれたりするが、やっぱりなんだか国歌というのはナショナリズムというかパトリオティズムというか、誰も彼もが良い気持ちになるってものでもないらしい。バーの女性が私に近づいてきて、「すこし静かにしてください、静かに飲むところなんで」と私に注意した。

最初の部分は正確に「すこし・・」と言われたかどうかは良く憶えていない。最初は何を言っているのか理解するのにホンの少し時間がかかった。なぜかというと流暢な日本語だったからだ。

日本語が判るのは多国籍軍では私一人。多国籍軍は当然「なんだなんだ、何て言ったんだ」と、興味津々だった。よもや注意を受けているなどとは思ってもいないのだ。正直に「日本語で、すこし声を小さくと言われたよ」と言ったら、「イヤイヤ、我々は各国から集まってきてるんだし友達なんだから少しは多めに見てくれるよう、頼んでくれ」仕方ないのでカウンターに言って「あなたの許可が欲しいとイッテル」と、我ながら日本人らしからぬ変なイントネーションでお願いしたら「そんなこと言われても困ります」そりゃそうである。

双方とも仕方ないので、多国籍軍には「まー、OKかな」ぐらいのことを言ってお茶を濁しておいた。その後、多国籍軍が再び騒いだかどうだったかは、酒のせいで良く憶えていない。

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2006年10月21日 (土)

ロンドンはバスで。(と、私達のバスのこと)

観光でロンドンを訪れると、市内の移動はもっぱら地下鉄チューブで、ということになるのかと思う。ツアー会社の観光バスだけでロンドンを移動、ということもあるのかな?ツアーのことは良く知らないが、いずれにしても私としては路線バスをお勧めしたい。

観光客向けの2階がオープンになっているバスに乗って主要スポットを巡るのもいい考えではあるが、自分でバスの路線を確認して路線バスで市内を廻るのも面白い。

Imgp5005 ロンドンセントラルならば主要なバスの路線は意外と単純だし、同じルートは同じ番号のバスが走っているので判りやすい。ソウルと同じだ。乗るときに料金を払うかオイスターカードをかざすかワンデイパスなどを提示するかして乗車する。降りるときはブザーを押すほかは何もしなくても良い。

とりわけ、9番線はピカデリーサーカスやグリーンパーク、ナイツブリッジやハイストリートケンジントンからバロンズコート、ハマースミスまで私達の主要な活動場所を繋いで走っていたので、頻繁に利用した。

ニコラを案内してリージェントストリートとボンドストリートで買い物した帰りに(注:大した物は買っていないので念のため)、ボンドストリートの南端のリッツのある辺りから9番バスに乗ってバロンズコート迄帰った時は、ニコラはバスが初めてだったらしくてオオはしゃぎだった。2階の席に座って景色を楽しみ、イタリアの家族に電話したりしていた。さらにあくる日、皆に私の事を「ロンドンの事を本当に良く知っている、バスも使いこなすエキスパートだ」と宣伝したらしく、なんだか翌日はロンドンエキスパートってことになっていた。

Imgp4940 モリーとグリーンパーク駅で待ち合わせた時、私はケンジントン宮の南から9番バスでグリーンパークに向かった。ナイツブリッジが埋設管の工事で渋滞していて待ち合わせに遅れた。渋滞があるのがバスの欠点ではある。グリーンパーク駅の改札を眺めながら私が出てくるのを待っていたモリーは、別な方向から来た私に「バスで来たの?」と驚いた様子だった。斯様に、バスで移動するというのは意外なことであるらしい。帰りは同じ9番バスでバロンズコートに帰ったので、以来モリーは9番バスを「私達のバス」と呼んでいた。

バスは眺めも良いし席も概ね空いているし料金も安い。うまく使えばロンドン移動のフットワークがずーっと軽くなる。さらに、ロンドン観光に来た友人を連れて行けば、なんだか「エキスパート」などと尊敬される可能性もある。色々良い事がある。オススメです。

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2006年10月17日 (火)

英国国会議事堂見学

平日の放課後、多国籍軍有志で国会議事堂内部の見学に出かけた。国会議事堂、パリアメントはいうまでもなく、ビッグベンがくっつついている、あの建物である。

到着は午後6時半だったが、折りしも生憎function中(なにかの儀式中)ということですぐには入れなかった。そこで、ホワイトホールのダウニングストリート近くにあるパブ「Red Lion」へ行った。

Imgp5323 場所柄、黒い高級そうなスーツ姿の人が多い。近くの官公庁の仕事帰りだろうか。パブの良い所は、どんな人でも出たり入ったりできるところだ。多国籍軍は臆することなくパブに入り、其々がビールを注文して店の内外でガヤガヤと話をしながら時を過ごした。タイフーンとナザンは早速、トルコ大使館で働いているトルコ人をみつけて、トルコ語で話していた。私に紹介してくれたので、とりあえず丁寧に挨拶して握手した。

7時半に国会議事堂内に入った。先ず所持品のセキュリティーチェックがある。VISITORのシールをもらって、洋服に貼る。入館に際してお金を払ったりする事は一切ない。さらに数箇所で住所、名前、連絡先などを用紙に記入する。記入する机が5つしかないので、5人づつ、案内される。案内されるまでは廊下で座って待っていなければならない。

議事堂内はとにかく、静かにしていなければならない。モバイルは厳禁で、とくに会議場へ入るときにはカバン類はクロークに預ける。と、いうより、クロークに取り上げられる。

Imgp5327 議事堂内で働いている人達は、クロークにしても案内係にしても、とにかくとても優しくて親切だ。紳士的対応に触れ、こちらも紳士的に振舞う気になる。いつも賑やかな多国籍軍も今日はとても紳士的だ。とても静かで物音ひとつたてない。

上院、下院とも見学し、議事堂の議論の雰囲気を味わった。勿論、建物の様子もじっくり見た。紳士的な人々は英国の良心のような気がした。イングランド、ウェールズ、アイルランドとスコットランドの其々の守護聖人の像をみた。その他、豪華な装飾の天井や、意外とガランドウな場所などもじっくり見た。一見の価値は充分ある。これはオススメだ。

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ノートルダム寺院と、サンクトの食堂。

シテ島のノートルダム寺院。パリに来たら是非見て見たいと思っていた。

ロシア滞在のころ、朝昼版と食事をしていた食堂に飾ってあったのが、ノートルダム寺院の水彩画だった。絵は3枚あり、いずれもノートルダム寺院ばかり描いたもので、それぞれ1枚づつ、3方向の壁に飾ってあった。だから、意図的に背を向けて座り、真正面だけみるというような不自然な行動をとらない限りは、どの向きに座ってもノートルダムの絵を見る事になる。ロシアでも私の居たレニングラード州は、かのピョートル大帝もそうであったように、ヨーロッパへの憧れが強いようであり、これら3枚の絵も、パリへの強い憧れが感じられるものだった。

私はセーヌ川沿いに芸術家橋(だったかな)の方角から、セーヌ川の南岸の下側の遊歩道みたいな場所をあるいてシテ島をぐるっと廻ってノートルダム寺院に向かった。

対岸のシテ島の警察署をみていたら、おじいさんに話しかけられた。何言っているのかサッパリ判らなかったが、「あの建物は警察署だ」とか、説明してくれているようだった。
上にはなにやら、川の護岸に張り出した緑色のホッタテ小屋みたいなものが見えていたが、これらは古本をうっている屋台みたいなものだった。昔から古本市で有名な場所らしい。

Imgp5269 木で出来た橋が見えてきて、川岸から上に登ると、ノートルダム寺院が見えた。ロシアの食堂の絵の視点は、更に先、反対側の橋の上だった。そこまで行って、絵に描かれていた姿の、ノートルダム寺院の全体を見て、それからぐるっと廻って正面の広場に戻った。
スズメにえさをあげているおばあさん、男なのに女みたいな綺麗な声で歌うゴツイ大道芸人など、色々な人がいて広場は賑やかだ。なぜかここでは、身に迫る危険な感じは感じなかった。売店のおばちゃんもとても愛想が良い。セント硬貨を出そうとして取り出した小銭入れに入っている大量のポンド硬貨をみて、イギリス人と思ったようだった。なんだかとても心が休まる。

ロシア食堂憧れのノートルダム寺院である。大道芸人も集まっている人も、なんとなく皆、優しい。夕暮れ時、大道芸に賑わう広場で、なんとなく平和な気持ちになった。

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