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2006年4月15日 (土)

祈る親子の姿。

カンタベリー大聖堂に行って来た。一心に祈る親子の姿に感銘を受けた。同時に、とてもうらやましかった。

今年の4月14日金曜日はグッドフライデー、キリスト殉教の日だ。クリスマスと並ぶ重要行事であり、店や交通機関が休みになったり、教会もビジターは入れなくなったりする。年中無休の観光施設でも、クリスマス、ボクシングディ、ならびにグッドフライデーが休みだったりする。

カンタベリー大聖堂も例に漏れず、午後3時までは受難パッションの行事が催されるため、ビジターはクリプトまでしか入れなかった。 何も知らずに午前9時半に訪問し、午後3時まで入れないことを知った。入場は午後4時半までで、午後5時には教会を出なければならない。午後3時までどうしよう。入れる時間も短いし。結局考えた結果、滅多に来る場所ではないので、午後3時まではドーバー城を訪問し、午後3時過ぎ、カンタベリー大聖堂に戻ることにした。

ドーバー城は濃い霧に包まれていた。雨も降った。霧が晴れ、雨が止みかけたころにドーバー城をあとにし、午後3時半ごろ、カンタベリー大聖堂に戻った。大聖堂内は、フランスからの学生が多かった。一般ビジターも多く、教会内は、騒ぐ人はいないものの、ざわついていた。

一通り教会内を見終わった後、私は、トーマスベケット大司教が暗殺されたという場所の、通路の反対側にある椅子に座っていた。トーマスベケット大司教暗殺は、900年前に実際に起きた事件であり、この事件をひとつの要因として、カンタベリー大聖堂は英国を代表する主要巡礼地となった。

ゴッホの椅子のような、木で出来た簡素な椅子が2つあったが、見学に忙しいのか、誰も座る人はいなかった。私はその2つの椅子の1つに腰掛けて、900年前に実際に暗殺があったという場所を眺めていた。こうした場所は私に、現在過去未来の繋がりを色々考えさせる。たとえば、900年前の壁や柱や天井は、きっと暗殺のまさにその時も、私が今見ている様子とほぼ同じだったのだろう。とか、たとえば、私が今、こうしてここに座っているためには、大司教暗殺は不可欠の出来事だったのだろう、とか。

ふと、暗殺場所の前に、両親と小学生ぐらいの娘さんという家族3人がひさまずいているのに気がついた。何時来たのだろうか、私は気がつかなかった。3人とも、トレッキングの格好だった。ウォーキング用の靴を履いて、ナイロン系のフード付きジャケットを着ている。フードや襟にはフリースが見える。父親は首からさげたマップケースとコンパスを、お祈りのため、背中側にに廻している。私の座っている場所とその家族との間の通路を何人ものビジターが通っていったが、動くこともなく、熱心に一心に祈っていた。

親子3人でトレッキングしてきたのだろうか。今日は雨が降ったり止んだり、霧も出た。雨の時には雨宿りしたり傘を差したりしたのだろうか。それとも3人とも、フードで頭を覆ってあるいていたのだろうか。だが雨でも、家族がいればきっと大丈夫、家族3人で歩いてきた様子が目に浮かぶようだ。お祈りの姿から察するに、きっと敬虔な信者なのだろう。平和な日常の様子さえも、伝わってくるようだった。

私はその様子を、椅子に座って見ていた。2つある椅子のうちのひとつに座って、ひとり、見ていた。隣に座る人はなく、もうひとつの椅子は空いたままだった。もしも家族が一緒なら、きっと、もうひとつの椅子には私の家族の誰かが座るだろう。そして私は、私が座っている椅子を家族に譲るのだろう。そして私は人の家族ではなく、自分の家族を眺めるでしょう。

なんだか「あなた~が~いてほ~~しぃいい~」と30年前の歌を歌いだしそうで、歳がバレるというか、困ったものだが、要するに私はカンタベリー大聖堂の中で祈り続ける家族を見て、家族っていいな、大切だな、うらやましいな、と、思ったのだった。

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