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2006年2月20日 (月)

イスラムの輝き

土曜日ロンドンに行き、トラファルガー広場のイスラム集会を目撃した。風刺画に端を発した抗議行動のひとつだ。数千人のムスリムが広場を埋め尽くしていた。プラカードを持ち、熱心に指導者の話を聞いていた。

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私の話も聞いて欲しい。私は1998年ごろイスラム圏(インドネシアジャワ島)で1年半暮らしたことがある。

11月ごろ、高熱が出て体が震えるというデング熱らしき症状で1週間入院した。入院したのはプロボリンゴのイスラムの病院だった。天井の高い、広いガラーンとした個室で数日間点滴を受けた。

明後日が退院という朝、大きなたらいをもって若者がやってきた。5日も寝たきりで臭い私の体を洗ってくれた。私は上半身だけ裸になった。若者がたらいの水でタオルを絞っては、体を拭いてくれた。

おおかた拭き終わったころ、「どうですか、ご加減は。他に拭くところはありませんか」といわれたので、顔を上げて彼の顔を見た。そのときの顔が忘れられない。若者は汗だくだった。私の体を支えつつしっかり拭くのはかなりな重労働らしい。しかし汗だくの顔の中の両目はキラキラ輝いていた。目だけではなく、体全体が輝いているような気がした。イスラムの輝きだ。そう思った。病人に尽くすことはイスラムの教義に合っている。心からこの奉仕の仕事に喜びを見出している。

他にも沢山のイスラムの輝きをみた。彼らの多くがいかに敬虔であるかをみた。イスラム教は戒律を守ること自体が信仰であり、心を問い「神と供に神なしに生きる」キリスト教とは異なる。なぜお祈りするのか、なぜ豚を食べないのか、断食の決まりを守るのか。そのコト自体が信仰だからだ。「すこしぐらい」と考え戒律を破ると、即、信者ではなくなる。戒律を守り信仰の中に生きている。

原理主義勢力やイランの核問題などイスラムに対するイメージがダークサイドに偏っているかもしれないが、どうか少しでもイスラム教を理解し、曇りなき眼で見て欲しい。そう願うのです。

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