2009年7月11日 (土)

ノチェンティーニ! 第7ステージ・・・

第7ステージ、バルセロナから小国アンドラ・アルカリス山頂ゴール、224キロ。
001
カンチェラーラが失速して、いよいよプロトンの、コンタドールかランスか、あるいは誰かにマイヨジョーヌが渡る展開・・・
002
え、エバンス?!・・・ でもすぐ潰されて・・・
003
うわ、コンタドール!アタック決まった。
004
コンタドール、ランスもエバンスも振り切って、マイヨジョーヌに向かって快走。これでこのステージ後はコンタドールがマイヨジョーヌに袖を通すんだな、と、思ってた。
005
でもその頃、前方のトップ集団で、3位争いでとても頑張っているパンチャーがいて・・・
006
上の写真の右側、3位争いに敗れたノチェンティーニだが、コンタドールを6秒リードしてマイヨジョーヌにそでを通した。オー、ノチェンティーニ!少し痩せた?

Stage 7:
別府史之選手:トップから23分23秒の108位、総合トップから33分37秒の156位。
新城幸也選手:トップから28分29秒の174位、総合トップから38分34秒の161位。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 7日 (火)

別府史之選手8位!!!

昨日に引き続き日本人選手が上位に入って、なんだかチームの愛を感じます。コロンビアハイロードは集団を引いていても自信満々といった感じ、本日はそこにスキルシマノが絡んで、結果、スキルシマノが本日のチーム成績トップだそうだ。
写真・・・カンチェラーラの右後ろが、多分、別府選手・・・

Tdf2009_stage3

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年7月 6日 (月)

新城選手 5位!!!

ツールド美ヶ原に参加してきたり富士ヒルクライムのリングが届いたりとイロイロあって書こうかなとグズグズしている間にツールが始まって、そして先ほどネットでステージ2・モナコ~ブリニョルのゴールを見ていたら、トップのカベンディッシュの左脇にブイグテレコムの選手の顔が見えた気がして、ちょっと信じられずにプレイバックを観たらやっぱり新城選手!スプリントに加わってステージ5位!!ギャー!もう自分のことなんて書く暇がない!うわ~!!なにかどうかすれば、ステージ優勝も夢でないのではないか?がんバレー!!!

Tdf2009_stage2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月20日 (土)

美ヶ原の参加証、着きました。

昨年は雨天中止だった美ヶ原。開催1週間前の本日、参加証が届いた。雨にならないことを祈りつつも、備えあれば憂いナシってことで、雨具一式の確認をした。

昨年と違って、今年はカラダがプニャプニャだし、さらに先週は仕事の都合上、ほぼ毎日痛飲してたし、本日土曜日も明日の日曜も自転車にのる予定がない。で、せめて出来ることといえば、雨具の確認ぐらいというわけなのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月12日 (金)

マウント富士ヒルクライム参戦。

マウント富士ヒルクライムに参戦してきた。復帰戦ということもあったが、かなり悲惨な結果だった。

去年の乗鞍の成績から計算して、90分切りはカタイと思っていたが甘かった。事故のおかげで1ヶ月全く自転車にのってなかったし、自転車も新調したもので、しかもマレーシア出張のため事前にポジションあわせする時間がなく、ぶっつけ本番で望んで今まで痛くなったことのない部位の筋肉が痛くなって、ようはポジションが出てなくて、結局90分以上かかって、苦しみながらのゴールとなった。

00_imgp0747

一番ショックだったのは、ギアが足りなかったこと。乗鞍では19と21と23を使って走ったので今回特に考えてなかったのだが、結果的には23のみ、しかもケイデンスが50まで落ちる場面も。ああ情けない。またトレーニングのやり直しだ。

なにはともあれ、1ヶ月前に事故に遭ったときには、出走できると思ってなかったぐらいだから、自転車もカラダも間に合って出走できただけでも、感謝感謝なのであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マレーシアのこと。

ほんの1週間だけ滞在したマレーシアについて。

物価が安い。ホテルが安い。料理もうまい。気候は暑いが問題ない。インドネシア語がなんだか通じるので言葉の問題もない。というより、ほとんどの人が英語をしゃべるのでびっくり。

私が滞在した東海岸は、気候や交通システム、道路沿いの露天商とかレストランとかの感じが、本当にインドネシアと良く似ていて、違和感がなかった。マレーシアのほうが多少、なんというか「整っている」感じがする。

00_imgp0644

人々は、特にマレー系の人々は、働かないようだ。インドネシア人よりも働かないんじゃないだろうか。水田がない。郊外は、見渡す限りのパーム椰子の森。土地を開墾したり平らにしたり水をひいたりとか、そんな手間をかけて水田を作ろうという気概が感じられない。

その分、インド系と中国系はよく働く。もともと、働かないマレー人が労働力として連れてきた人々の子孫なんだそうだ。そして未だに、仕事内容ごとに従事する人種がクッキリ違うということがフツーにあるらしい。たとえば、空港で掃除や給仕として働いている人たちは、私のみたところでは100%インド系だった。

ほんの少しの滞在だが、率直に感じたのは、大変住みやすいところらしいということ。引退後、マレーシアに移住する人も少なくないらしいが、気持ちが少しわかった気がした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月31日 (日)

マレーシアで自転車トレ

富士ヒルクライムを1週間後に控えた日曜日の今日、温暖なマレーシアに渡航し現地で自転車を調達し、女性を含む6人の仲間とともに、信号のない交通量の極少なマレーシアの平地を走った。汗だくで1日を終え、ローカルな中華料理店で、タイガービールで乾杯した。

・・・と、まあ、上の文章に嘘は全くないのだが、しかし実際は、リゾートチックなことでは全然ない。仕事でマレーシアに行って、仕事で自転車に乗ったってことなのだ。

自転車に乗ることは予期してなかった。土曜日からマレーシアの東海岸の石油プラント地帯であるケルテに出張し、1週間、プラントの状態を視察して客先に報告するのが任務であった。限られた時間の中、だだっ広いプラントを歩いて回るのは時間がもったいない、しかしプラントへの自動車の進入は著しく制限されているという事情から、自転車で移動となったのだ。

私に割り当てられた自転車は、ボロボロのサビサビで、クランクにガタがあってギッコンバッタンとなるし、サドル高もなにも合ってないし、なにが悪いのか判らないがとにかくペダルが重いしで、ひょっとしたら体に悪いかとも思った。しかし、そんなことを差し引いても、気分が良かった。ひさし振りにMTBに乗ってみてその太いタイヤと乗り心地に「以外といいカモ」と思っていたのだった。

視察メンバー6人の仲間のうち1人は日本人、5人はマレーシア人でそのうちの1人が女性エンジニアだった。今日は午後、外気温40℃近い中、点在する視察ポイントを自転車で移動し、本当に汗だくになった。自転車で事務所に戻り、午後8時まで打ち合わせや報告書作成にとりくみ、それから、6人プラス事務所の3人の総勢9人で、近所の中華料理店に行きタイガービールを飲んだ。

実態は仕事だが、マレーシアで自転車に乗れたってのは存外嬉しかった。明日も乗るぞ!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年5月26日 (火)

16ステージ勝者はサストレ。(ジロ・デ・イタリア)

237km、累積標高差4000mの難コースだった16ステージの勝者はサストレ。

090525_winner

バッソも頑張ったが・・・ ↓ ゴール目前でディルーカとメンショフに抜かれたシーン。

090525_passing

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月24日 (日)

サン・ルカ教会 (ジロ・デ・イタリア)

昨日のジロ・デ・イタリアはゴールがボローニャだった。ボローニャには2度、滞在したことがあるので、これまでのステージよりも興味深く観戦した。

090523_giro_de_italia

サイモン・ジェランの山頂ゴール優勝だったわけだが、そのゴール地点であるサン・ルカ教会というのはシェラトン・ボローニャから良く見える丘の頂上にあってとても目立っている。目立ってはいたが、サン・ルカは市街地からは離れているので、行ったことはない。ボローニャ市街地は平地なのだが、「塔の街」で何本もの塔が建っている。本日のジロの中継のヘリも、ボローニャ市街地に建つ何本もの塔を撮影していた。

私も、ボローニャ滞在中には、街の中心部にある、斜塔のとなりの塔(名前はなんだったかな?)に登って市街全体を眺めたりした。本日の中継で映しだされる街は、そのときに眺めていた街並みとなんの変りも無いように見えた。

090523_giro_de_italia002

街は変わりがないものの、時は確実に流れているらしい。今日、プロトンを引くペタッキの姿を見ながら、かつてツァベルがペタッキを引いたように、ペタッキも誰か次代のスプリンターのために仕事をする時代なのだろうか、時は流れるな~、と、思っていたのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月20日 (水)

久しぶりの自転車通勤。

ブルベで300km走ったり、テリーさんに自転車もらったりと、自転車生活が充実を見せていた頃から一ヶ月経過した本日、久しぶりに自転車通勤した。

実はブルベの翌週にヤビツ峠に行って以来、自転車に全く乗ってなかった。私の身の上に起きた事件のため、一ヶ月間、自転車に乗れなかった。

その事件とは・・・・・ 次回書きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«テリーさんにもらった自転車。